夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡
2022/07/12(火)
中尊寺を訪ねました。「月見坂」と名がついた、樹齢300年以上の壮大な杉並木の表参道を山裾から登ると、木造に漆を施し表面には金箔でコーチィングされた金色堂が姿を現します。金色堂は1124年(天治元年)、奥州藤原氏初代清衡公によって上棟されました。
高さ約8メートル、間口・奥行きはともに約5.5メートルの正方形で、四方にぐるりと庇がついた「一間四面堂」と呼ばれる典型的な阿弥陀堂です。屋根はピラミッド宝形造」で、木材を載せた「木瓦形板葺」。四方の壁の内外から床、天井、庇の裏まで金箔が施されています。中央と左右の3つの須弥壇上には、阿弥陀三尊と地蔵菩薩像などを安置し、須弥壇内には藤原四代の遺体や首級が納められています。
仏教美術の円熟期とも称される平安時代末期、後にその東北地方を治めた清衡公が、戦いで亡くなってしまった全ての人々御魂を極楽浄土に導き、この地方に平和をもたらすべく建立した中尊寺の堂塔が古の栄華を今に伝えます。